あまのじゃくでめんどくさい自分の分析と処方箋

閃きと能書き

日本全国に1万人はいるであろう天邪鬼な皆様こんにちは。
知人から「よく分からない」「めんどくさい」「天邪鬼」もしくそれらの全部を言われることが多い者です。

ある日、LINEのグループトークの中で、そのグループには入ってない共通の知人の名前が出ました。そしてそのグループの人が口々に、
「あの人好き」「私も好き」「好きすぎかよ」
と、その共通の知人に対し、好意的な捉え方をしているメッセージが流れました。

私もその知人の事は嫌いではない……むしろ好き(これがあまのじゃく)なのですが、
その時あったのは違和感にも恐怖にも嫌悪にも不信にも似た負の感情だったのです。

別に周りと違うのがかっこいいとかそういうのじゃありません。
ただただ知り合いが知り合いを「好きだ」と口々に言っているだけなのに、自分も嫌いではないのに、素直にそれに賛同できなかったのです。 

かねてからこういった、他の人の意見に全く素直ではないあまのじゃくな自分には気づいており、うんざりとした事もあります。
今回はなぜそうなるのか? 自分の何がそうさせているのか?と考え、その原因らしきものに突き当たりました。そしてそれが招くかもしれない危険性についても改めて意識しました。
もし同じような経験をお持ちの方がいて困っているようであれば、その助けになればと思います。

集団心理に恐怖を感じている

原因のひとつとして、「周囲の人間が同じ方向・同じ考えである事に恐怖を感じている」という可能性があります。
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」とは言いますが、それは周りと同じだと安心するという日本人的な心理です。安心できる反面、その状況が破滅的な場合、その集団は全滅する危険性もあります。
そしてあなたは経験や知識から、全滅してしまった集団の例を知っているので、周囲が同じ考え・同じ行動をするというのに恐怖を感じているのではないでしょうか?

人間不信になってしまっている

もうひとつの原因として、「他の人が信用できない」という可能性があります。
「他の人と同じ行動をしたのに、後で手のひらを返され裏切られた」というような経験があると、その時の記憶が影響し、「周りと同じ行動をするとまた裏切られてしまう、痛い目に合う」と思っているのかもしれません。
分かりやすい例だと、ダチョウ倶楽部です。
あれはまさに周囲に同調した結果、裏切られてしまった例です。

自分に自信がない(=自分を信用できていない)

「他の人にできたとしても、自分にはどうせできない」「自分はどうせダメなヤツだ」
と自己評価が低い場合も、他の人が肯定している意見を否定してしまう場合があります。
例えば、褒められても否定する人がいますよね。日本人的には謙虚となり美徳としてとらえられる事もありますが、それもやり過ぎてしまえば自虐になってしまいます。
「期待されても応えられない」「自分ではその信頼を裏切ってしまうかもしれない」
そういった自己不信さが、褒められる事だけではなく、「他人が何かを肯定している」という行為自体を否定したくなっている可能性があります。

そのままだと危険かもしれないという事

分析していて思ったのですが、上記の「自分も含めた人間不信」が原因だとすると、それが加速していった場合、「全てに否定的で自分からも周囲からも嫌われてしまう。またそうなってしまうのではないか?」と恐怖からの疑心暗鬼に陥ってしまいます。

そうなってしまうと、もはや苦しめば苦しむ分また苦しくなると自縄自縛になってしまい、深みに嵌れば嵌るほど抜け出すのが困難になってしまう事でしょう。

ではどうしていくか

まずはそのあまのじゃくな自分を意識して、素直になるよう心がけます。
マンガだとそういう素直じゃないキャラいますよね。そして素直になるシーンも描かれています。あまのじゃくな人も同じで、難しいだけであって別に素直になれないわけじゃないのです。
まずは素直になると心がけ、あまのじゃくな自分は反射的に出てしまいますから、反射だけで答えないようにしましょう。
褒められたら「裏があるのでは?」と勘繰らずに「ありがとう」と言ってみましょう。
それと、身近にいればですが、素直でいいなと思う人の言動を観察し、真似すると良いでしょう。

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